2021年12月の本コラムのコーナーにおいて、ビジネスアーキテクチャにおけるビジネスケイパビリティとエンタープライズアジャイルの関係と、ビジネスケイパビリティの重要性についてご紹介いたしました。今回はもう少しビジネスケイパビリティについてご説明したいと思います。
Iasaが提供しているBTABoK(ITABoK)でも示されているアーキテクチャの一つの専門領域としてビジネスアーキテクチャがありますが、この専門領域については、ビジネスアーキテクチャの専門家および関係者から成る国際的なコミュニティであるThe Business Architecture Guild(ビジネスアーキテクチャギルド)が活動しています。本コミュニティからはBIZBOK®(Business Architecture Body of Knowledge)と呼ばれる知識体系が提供されており、そこではビジネスアーキテクチャのコア要素を、ケイパビリティ、バリューストリーム、情報、組織と定義しています。
参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Business_architecture
ビジネスケイパビリティ(以下、ケイパビリティと呼びます)は、“特定の目的や結果を達成するために、企業が所有、交換できる特定の能力(ability)やキャパシティ(capacity)”と定義されており、ビジネスが何をするかを定義するものです。言い換えると、ビジネスがどこで、なぜ、どのように行われているかを表現するものではなく、「何が」行われているかを表すものと言えます。それゆえ、ケイパビリティは、ビジネスの基本構成単位(ビルディングブロック)を表しているとも表現されます。
ケイパビリティマップの表現
ケイパビリティはボックス型のイメージを一つのケイパビリティとして表現し、それを階層化したマップを作成します。ケイパビリティをカテゴリーに分けて整理するにあたり、例えばレベル1のケイパビリティは、以下の3つのレイヤでパッケージ化することができます。
戦略(Strategic: Direction Setting)レイヤ
コア(Core: Customer Facing)レイヤ
サポート(Supporting)レイヤ
参照:https://tcbaf.org/wp-content/uploads/2019/12/SSNA_TCBAF2019_BuildingCapabilityModels-1.pdf
コアの領域が、そのエンタープライズにおける事業固有のオペレーションを行うためのケイパビリティとして整理されます。戦略領域は、例えば中期計画や投資計画を立てるなど組織や事業のディレクションを決めるケイパビリティです。サポート領域は、例えば各事業部をシェアードサービスのように支援する財務会計や人事などをイメージするとわかりやすいでしょう。
一般に、ケイパビリティは複数のビジネスユニットに共通して存在しえます。例えば、営業部門とカスタマーサービス部門の両方で、新製品についての販売活動を行うのだとすると、この販売活動のケイパビリティは、組織として一つのものとして定義されます。それが異なる組織において、実装されているということになります。ケイパビリティはこのような抽象的な概念のため、「ケイパビリティ・インスタンス」と呼ばれる概念を通して、実効性や自動化レベルなどの固有の属性を、ケイパビリティに関連付けます。ケイパビリティ・インスタンスは、業務プロセス、情報、組織や個人の職務定義や権限やスキル、ITなどによる自動化などが効果的に組み合わさったものとして実装されます。
組織でケイパビリティを用いてビジネスマネジメントしている場合、よく用いるのがヒートマップのテクニックです。ケイパビリティマップの優れたたところは、組織全体で共通言語としてのビジネス構造の理解が持てることと、それに基づいて戦略的な意思決定をすることができるということです。例えば、後者の戦略意思決定には、組織の新しいビジネス戦略方針からみて、現在の組織のケイパビリティのどこに課題があるのかを特定し、それを改革・改善するためにイニシアチブを立ち上げることがあります。そのためには、例えば、各ケイパビリティに対し、戦略に対して非常に有効な状態にある(グリーン)、ある程度の改善が必要な状態にある(イエロー)、大きく改善・改革が必要な状態にある(レッド)といったケイパビリティ評価を行ってヒートマップを作ることで、意思決定者間での共通理解と適切な投資意思決定を支えます。
ケイパビリティを理解するための主要原則
ケイパビリティは、以下のような特徴を持ちます。
①ケイパビリティは、ビジネスが何をするかを定義します
ビジネスのなぜやどのようにではなく、Whatを定義します。
②ケイパビリティは、ビジネス用語で名詞の形で定義されるビジネス観点でのビューを提供します
組織全体で共通のビジネス・ボキャブラリーとして定義される必要があります。バリューストリームやプロセスは、“~を~する”という動詞表現を用いますが、ケイパビリティは“何を”を定義するため、通常名詞表現を用います。
③ケイパビリティは、他のアーキテクチャ要素と比べても比較的安定しています(すぐに変わるものではない)
プロセスをどう実行するかは改善活動などを通して継続的に変わっていくことが想像できると思います。ケイパビリティも組織の成長のために改善しつづけるという意味では同じですが、例えばアーキテクチャのケイパビリティマップが頻繁に変わることはありません。各ケイパビリティの実装形態(インスタンス)は、例えばシステムの機能改善などを通して変わっていくと言えます。
④ケイパビリティは、組織をまたがって、エンタープライズで同じものは一つとして定義します
ケイパビリティは同じものは組織で一つ定義します。組織をまたがって共通化される概念であり、ある特定のケイパビリティが複数の組織で用いられているときは、ケイパビリティと組織のクロスマッピングをすることでアーキテクチャ上は表現します。
⑤ケイパビリティは、構造化(階層化)した形で体系化可能なマップとして表現されます
ケイパビリティはビルディングブロックであるため、すでに上で見た通り、入れ子になっていく形で階層化してケイパビリティのマップを作成します
⑥ケイパビリティは、他のビジネスアーキテクチャ要素(バリューストリーム、組織、情報など)と関連性を持ちます
ケイパビリティはバリューストリーム上のバリューストリーム・ステージを実行するために用いられますし、どの組織で用いられるのかという関係性も存在します。また、そのケイパビリティがどの情報を用いるのかということを知ることも重要です。モデリング手法はあるビューについて表現するものであるため、他のビューに基づくモデルとの関係性を合わせて理解することで初めてビジネスの全体像が見えることになります。
⑦ITなどで自動化されたものは、手段としてのシステム機能を通して自動化されたビジネスケイパビリティです
デジタルやITを用いてビジネスや業務を実装することで、ビジネスや業務のパフォーマンスを向上させることをよく行っていますが、私たちが理解しないといけないことは、私たちはシステムを作っているのではなく、システムを通してケイパビリティを作っているということです。
ケイパビリティを活用するベネフィット
ビジネスのマネジメントやデジタルやITを用いたビジネス改革・改善を効果的におこなうために、ケイパビリティをマネジメントすることで、以下のようなベネフィットを得ることができます。
①ケイパビリティは、共通のビジネス・ボキャブラリーを提供します
②ケイパビリティは、ビジネス全体で何が共通していて何が異なっているかを確認する方法を提供します
③ケイパビリティは、ビジネスとしてどこに重点的に投資すべきかを検討する視点を提供します
④ケイパビリティは、戦略計画、変革デザイン、変更管理、影響分析などを行うためのベースラインとして役立ちます
⑤ケイパビリティは、変革のデザインとデプロイ可能な実装デザイン(例えばITシステムのアプリケーション機能)を描くための基礎となります
最後に
ケイパビリティはグローバルには非常に用いられている概念であり、エンタープライズ/ビジネス・アーキテクチャ、ビジネスアナリシス、プログラムマネジメントなどのフレームワークでも登場しています。ところが日本ではケイパビリティの概念を用いてマネジメントする組織が少ないように思います。特にデジタルやITを用いてビジネスを変革や実現していく時代においては、プロジェクトでアウトプット(システムやプロダクトなど)を作ることをマネジメントしようとする視野だけでは十分ではありません。プロジェクトのアウトプットの構築を通してビジネスのケイパビリティを作り、そのケイパビリティによってビジネス価値(またはベネフィット)を創り出すことをマネジメントしていく必要があります。ビジネス部門の方はもちろんのこと、特にデジタル部門やIT部門の方には、ケイパビリティの創出が自分たちの重要な貢献であるという目線を持っていただくことで、組織におけるより戦略的な役割を果たせるようになると考えます。
BTABOKでは、アウトカムモデルにおいてビジネスケイパビリティが紹介されています。こちらの記事の内容もぜひご覧になってください。
https://btabok.iasaglobal.org/digital-outcome-model/business-capabilities/
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