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大槻 繁

アーキテクトという仕事


■ 【物理的建造物とは違う】


 ここのところ「アーキテクト」というのが、私の周囲でホットな話題になってきている。外来語なので和訳すれば「建築家」ということになり、実際に、構造物を組織的に役割分担して構築することが目的であり、システムやソフトウェアの世界でもその物理的建造物としてのメタファで語られることが多い。


 かつて PMBOK(Project Management Body of Knowledge)が注目されていた時も、建築のメタファが使われ、段取り工学的な側面が強調されてきた。初期の頃には、「ソフトウェア開発のスコープ記述は WBS(Work Breakdown Structure)を描くことだ」とまで解説されていたこともあり、腰を抜かすほど驚いた記憶がある。しかし、創造的なシステムづくりであらかじめスコープを決めることはできないし、まして、仕様を明確にしてベンダに発注するといった行為が一朝一夕にできるわけ もない。

 

■ 【アジャイルの本質は、リスクを減らすこと】


 筆者は、今世紀に入った頃、従来のソフトウェアづくりが急激に変貌していくのを肌で感じ、Kent Beck 氏の招聘を皮切りにアジャイルプロセスの啓発活動に着手し、2003 年には仲間とともにアジャイルプロセス協議会を設立した。軽量マネジメント、俊敏な開発など、ビジネスの変化に対応していく取り組みに重点を置いてきた。


 アジャイルプロセスの核心を一言で言うと「(ビジネス上)明確になった事項を、明確になった時点で、迅速につくる」ということに尽きる。しかしながら、このことをよく考えて見れば、コミュニケーションと確認を繰り返しながらシステムの構築を図っていくことであり、要求されているものを、与えられたリソースを使って開発を進め、期間内に納めるというプロジェクトマネジメント上の「リスクを減らす」行為に過ぎない。


 リスクを減らすことによって犠牲になっていることは、失敗によって得られる知 見が少なくなるということで、このことがもたらす弊害も考慮しなくてはならない。

 

■ 【世界の創造へ】


 アジャイルプロセスの先に何があるのか? という問題設定のもとに、2009 年より知働化研究会の活動を開始した。ソフトウェアに関する取引が、未だに「人月(にんげつ)」中心で、価値主導になっていないため、これを「人道説から知働説へ」というキャッチコピーで活動をしている。


 知働化研究会の中でも、創造的なソフトウェアづくりはどうすればよいのかという探求が進められ「アーキテクト」像についても議論が重ねられてきている。リスクを減らすことよりも、価値を生み出すことや創造性に重点が移ってきているのだ。

 

■ 【言葉の整備】


 一方、筆者が副委員長をつとめている P-sec(実践的ソフトウェア教育コンソーシアム)のソフトウェア社会の将来像研究会(通称:みらい研)でも、次世代を担う人材についての議論の中心の一つが、やはり「アーキテクト」である。先月の同研究会で合宿討論をした時のテーマは、第1が「SWEBOK(Software Engineering) と SEBOK(System Engineering)との活用」と第2が「ソフトウェアアーキテクト」であった。

 

■ 【アーキテクトの人材像】


みらい研合宿第2のテーマは、まさに「アーキテクト」の人材像についての議論であった。そこで提示されたいくつかの見解が、とても興味深いものなので、以下に掲げておく。


  • アーキテクトの仕事は、Why と What を普遍的に定めること

  • アーキテクトの仕事は、新たな法(法則・法律)をつくり、人々や社会含めてのシステムという実行可能な世界を生み出すこと

  • アーキテクトの仕事は、概念操作・創出によって、新たな世界観を生み出し、実行・進化する計算可能な理論体系を構築すること

  • アーキテクトの仕事(ソフトウェアづくり)は、能動的認知機能、「知る」という働きを通じて、コトバという材料によって現実感を構成していくこと

これ等は、いずれも第一線のいわゆるアーキテクトの役割を担っている(いた)人の言葉である。「ビジネス」「マネジメント」「戦略」といった言葉は一切でてこない。筆者は、これを『認知的転回』と名付けている。創造性を追求する領域では、<個人>の認識や知の部分に焦点をあてていく必要があるのだ。


かつて話題になったSF 映画 the MATRIX の最後にでてくる the Architect は、まさに MATRIX という世界を創造した「アーキテクト」の役割を果たしている。哲学や信仰を含めてリアルとバーチャルの世界の在り方を含めた世界を創造する<マシン>を設計・開発した人物として描かれている。

 

■ 【人材の二極化】


 無論、システムやソフトウェアづくりは、創造性がすべてではない。ある程度手順化できる部分もある。みらい研の予想では、今後、ソフトウェア技術者の世界は二極化が進んでいくとみなしており、一方を「創造的カテゴリー」、もう一方を「技能的カテゴリー」と呼んでいる。上記のアーキテクト像は、創造的カテゴリーの人材像である。おそらく、人材数比率で、創造的カテゴリー:技能的カテゴリー=1: 100 程度ではないかと予想している。


 創造的カテゴリーのアーキテクトについては、IASA でのアプローチとは異なった意味での組織化、人材発見、評価、支援の仕組が必要と考えており、今後、各コミュニティの協力を得て構築していく予定である。

 

■ 【ITアーキテクトの定義】


 Iasaは、ITアーキテクチャを「テクノロジー戦略の適用を通じて得られるビジネス、組織、クライアントによる利益の獲得の実践」「価値のあるテクノロジー戦略のデザインとその実現のアート(技能)、もしくはサイエンス(註4)」と定義しています。Wikipediaによるとアーキテクチャには「建築学、建築術、構造」といった意味がありますが、このうち建築術のニュアンスに近いと思われます。構造(モノ)としてよりも、専門職による術(コト)として定義している点がIasaらしいと感じます。


 ITアーキテクトの定義を見てみましょう。Iasaは、ITアーキテクトの役割を「ビジネスのテクノロジー戦略家(註5)」と定義しています。多くの方にとってこれは抽象的な表現かもしれません。ですので、ITアーキテクトの役割についてもう少し考察してみましょう。

 

■ 【IASA への期待】


 ソフトウェアづくりに携わる多くの人々が協調・コミュニケーションを行っていくためには、共通の言葉や概念基盤が必要になり、そのために知識体系や標準化の役割がある。しかし、それ等とて社会の変貌、人々の認識の変化によってダイナミックに変わっていく。つまり、そういう変化対応の仕組みを知識体系の整備や標準化活動は備えていなくてはならない。今後、IASA、あるいは、その日本支部が展開していく活動で、この技能的カテゴリーの整備が進められていくことを期待している。


世の中には、BOK が溢れている。SWEBOK, SEBOK(INCOSE), ITIL, COBIT, BABOK, PMBOK, そして、ITABOK。BOK は、ビジネス上の実践や先端的な取り組みの結果、多くの人々が多様に関わっていく普及フェーズに至ってから整備が試みられる。標準の宿命である。しかも、世の流れは、それぞれの知識体系の領域間の壁が無くなり、個別BOK としてのアイデンティティが希薄になってきている。


BOK は、言葉や概念で一つの世界を創るという意味で、ソフトウェアに似ている。その体系がどのように使われ、どのような価値を生み出すのかを明確に示すことが要請されているように思える。そう、IASA にとっては、「ア—キテクト」を中心とした新しい世界を創造していくという問題なのだ。

 

主要リンク:

アジャイルプロセス協議会:http://www.agileprocess.jp 知働化研究会:http://www.exekt-lab.org

P-sec(実践的ソフトウェア教育コンソーシアム):http://p-sec.jp



大槻 繁(おおつき しげる)

株式会社一(いち) 代表取締役社長otsuki.s@1corp.co.jp http://1corp.co.jp

アジャイルプロセス協議会 フェロー知働化研究会 運営リーダ

P-sec ソフトウェア社会の将来像研究会 副委員長


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